中1松江塾ママブロガーmomoの基数

娘の成長が、早すぎて見えなくて。言語化することで、なんとか掴まえようと、デジタル母子手帳始めました。

学生トップを目指さなくてもいい。「母親の狂気」がない私。モヤモヤするけど、すぐには答えが出ない。

SPY×FAMILYのアニメで、

なんかすごいシーンがあった。

※ユーリは強烈なシスコンキャラの外交官

※アーニャは勉強嫌いな4〜5歳のエスパー

※面白要素は省略泣

 

ユーリ「お前、勉強嫌いか?」

 

アーニャ

「大嫌い!お前好きなのか?変態か?」

 

ユーリ

「僕は幼い頃、無力な自分が悔しかった

姉さんの力になりたかった

そのために勉強をがんばった

1問解くごとに、自分の背が1cm伸びたような気分になって歓喜したものだ」

 

そのあと、

それぞれの学問を学ぶ意味を熱弁。

 

◆国語

弁が立てば、ジャーナリストや弁護士になって、姉さんのいるこの世界をよりよくできる

 

◆化学や生物

人体や薬学に精通すれば、

姉さんのケガや病気を治せる

 

◆数学や物理

姉さんの生活の安全や快適さに

全てに繋がる

「結局、僕は外交官の道を選んだが、

培った力は今でも役立っている

昔の偉い奴は言った。

 

知は力だと!

 

お前も立派な人間になりたかったら、

勉強という名の筋トレをかかすな!」

 

アーニャ

「勉強したら、お薬作れる?

ロケットも作れる?」

 

ユーリ「あぁ!

目の前のテストなんて、どうでもいい。

その先の大成した自分を見つめろ!」

 

この後、アーニャは、

自分が家族の力になれなかった出来事を

思い出し、

「あの時自分に知識があれば」

と後悔の念が出てくる。

 

アーニャ「自分の部屋で自習してくる」

 

やる気スイッチが入る。

 

よく

勉強しかしてこなかった奴、とか、

学歴社会は不公平、

就職面接で出身校を問わない、とか、

勉強することを評価しない言葉を聞く。 

 

確かに大人になって、 

受験勉強が直接役立った、

と思うことは少ない。 

 

だけど、違和感の正体はこれかぁ

と思った。

実は間接的には役立っているのか?

 

「知は力なり」

なんてことば、ありふれてるけど、

 

学ぶことで、力をつけ、

自分の武器を持ち、

社会で活躍する。

 

娘はいま、

そのための基礎づくりをしているのか。

 

だけど、私のなかで、

勉強はできなすぎると困るけど、

トップを目指さなくてもいい、

という思いがずっとある。

 

それは、語弊があるといけないが、

私も主人も学年トップの成績だったけど、

だからと言って、

人生、そんなに得してるかというと、

そうでもない。

 

やっぱりその先の、

ユーリのことばでいうと

「大成した」姿、

の方が大切だと思っている。

 

そのための勉強だと思うし、

娘の可能性を伸ばしてあげたいと

心から思う。

 

私のこのモヤモヤはなんだろう。

 

私はやりたいことが見つかって、

その大学へ行くには

テスト勉強しないと

入れなかったから、

どうやって点を取るか、

ゲーム感覚でテスト対策をしていた。

 

だから、この前、実家の昔の荷物の中から、センター試験問題が出てきたとき、

解いてみたいなと思った。

ゲームする感じで。

 

でも、ユーリのいうように、

勉強そのものに価値があったのか。

 

受験勉強と、学問の違いか。

学問は、間違いなく、役に立つ。

極める意味がある。

 

今すぐにこのモヤモヤはわからない。

少し時間をかけて考えてみたいと思う。

 

松江塾に通いながら、

トップを目指さなくていいというと、

私には真島先生のいう

「母親の狂気」なんてものはないと、

怒られそうだ。